現代貨幣理論(MMT)は、その論理的な是非とは別に、従来の経済学の常識と衝突することで、しばしば感情的で強い拒否反応を伴います。MMTへの反発は単なる学説上の対立ではなく、私たちの**「心の防衛メカニズム」**と深く関わっています。
本稿では、MMT論争を、人が新しい情報に直面した際に生じる普遍的な心理現象、特に**認知的不協和(Cognitive Dissonance)**の観点から読み解きます。なぜ「政府の借金=悪」という古い信念がこれほど強固なのか、そしてMMTの主張がいかにその信念を揺るがしているのかを解説します。
衝突する二つの認知:MMTが引き起こす不協和
心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された認知的不協和とは、個人が矛盾する二つの認知(考え、信念、行動)を同時に抱えた際に生じる不快な心理的緊張状態です。人々はこの不快感を解消するため、無意識のうちにいずれかの認知を否定したり、新しい理由を加えて正当化したりします。
MMTをめぐる論争では、以下の二つの認知が激しく衝突しています。
- 従来の認知(主流派の信念): 「政府の借金(国債)は将来の国民のツケであり、財政拡大は必ずインフレや財政破綻を引き起こす。規律のない財政は危険である。」
- MMTの認知(新しい主張): 「自国通貨を発行できる政府は、財政的な制約を受けない。インフレにならない限り、国債発行を通じて必要な支出をすべきである。」
この二つが衝突した際、MMTへの反発者は不快な不協和状態を解消するために、従来の認知を守ろうとし、MMTの主張を拒絶する心理的メカニズムが働くのです。
「古い信念」の砦:アンカリングとイデオロギーの固着
この従来の認知がなぜこれほど強固なのでしょうか。その背景には、ミルトン・フリードマンのマネタリズムやジェームズ・ブキャナンの公共選択論が築いた心理的な壁が存在します。
アンカリング効果と強固なメンタルモデル
1970年代以降、「政府の負債は危険であり、最終的に国民にツケが回る」という考え方は、メディアや教育を通じて繰り返し提示され、最初の強力なアンカーとして人々の心に深く打ち込まれました(アンカリング効果)。
このアンカーは**「負債=悪」という強固なメンタルモデル**として固定化され、MMTの「自国通貨発行権」という主張がこの固定化されたアンカーを剥がそうとするため、認知的な抵抗が非常に強くなります。
社会同一性(アイデンティティ)の防衛
「小さな政府」や「財政規律」といった考え方は、単なる経済理論を超え、特定の政治的・経済的なイデオロギー(新自由主義的な価値観など)の核となっています。
社会同一性理論によれば、人は自分の所属する集団(主流派経済学者、財政緊縮派)の信念を肯定することで自尊心を保ちます。MMTの主張を受け入れることは、その集団の**中核的な信念(財政の制約は絶対である)**を否定することになり、自己の知識基盤やアイデンティティが脅かされるという深刻な不協和を生み出します。
MMTが崩す「公正な世界」と拒否反応の心理学
MMTへの反発の強さの背景には、**「公正世界信念」**の崩壊に対する恐れも潜んでいます。
- 公正世界信念: 人は、世界を予測可能で、努力が報われる公正な場所として見たいという強い心理的欲求を持っています。
- 世界観の危機: 「頑張って働いて税金を払い、財政規律を守る政府は良い結果を得る」という因果応報的な世界観に対し、MMTの「政府は努力せずに通貨を発行できる」という主張は、「まじめな財政規律は不要かもしれない」という不公平感や不安感を引き起こし、世界観の危機につながります。
この不安を解消するため、「MMTは間違っていて世界は公正だ」という従来の信念を守る方向に心理が働きます。
拒否反応に見る認知的不協和の解消行動
不協和を解消するために、MMT批判者たちは以下のような心理的防衛手段をとります。
- レッテル貼り(認知の重要性の低下): MMTを「経済学ですらない」「ブードゥー経済学」と呼ぶことで、MMTという認知要素を非合理的なものとして最初から排除し、議論する必要がないものと自己正当化します。
- 確証バイアス: 従来の認知を支持する情報(例: ハイパーインフレの歴史)を積極的に探し、MMTを支持する論理的な説明には選択的に耳を貸さない傾向が強くなります。
- 反確認バイアス: MMTが実際に提唱する具体的な政策や、すでに財政が破綻していない事例に対して、「たまたまだ」「いずれ破綻する」と強く否定し、情報を無効化しようとします。
結論:心理的障壁を乗り越える
MMT論争は、単なる経済学的な議論ではなく、既存の信念と新しい情報との間の心理的な闘いなのです。「政府の借金=悪」という長年培われた強固な社会的認知を形成した心理的な背景を理解すること。そして、批判の背後に潜む認知的不協和という人間心理を自覚することこそが、建設的で理性的なMMTの議論を進めるための心理的準備となるでしょう。

