能登半島地震が突きつけた「非常時の配慮」の欠如
令和6年能登半島地震は、日本の危機管理と公共投資のあり方に、深く重い問いを投げかけました。特に甚大な被害を受けた奥能登地域では、地震直後から多数の集落が孤立し、物資や医療支援の到着が大幅に遅れました。
平時の議論では「無駄な公共事業」と批判されがちなインフラの**「冗長性(バックアップ機能)」や、防災ロジスティクス拠点の整備。これらが災害時において、「命と暮らし」を守る生命線**であることを、私たちは痛ましい教訓として再認識する必要があります。非常時における命の価値は、平時の費用対効果という冷たい経済計算では決して測れないのです。
孤立集落が語る「命の価値」とロジスティクスの失敗
能登半島の地震でなぜ孤立集落が多発したのでしょうか。
能登半島の地理的特性上、主要な道路が限られており、土砂崩れや液状化によってそれらが寸断されると、文字通り外部との連絡が途絶えます。この現実は、**「平時に利用者が少ないから」**という理由で、代替ルートやインフラの耐震化への投資が抑制されてきた結果と言えます。
費用対効果の「見落とし」
費用対効果分析は、平時の経済的な**利益(便益)を最大化することを目指しますが、災害対策は「損失(被害)」**を最小化することに焦点を当てるべきです。
もし地震前に、奥能登の集落へ物資を運ぶ**「緊急輸送道路」や、沿岸部の集落へ船でアクセスできる「小型港湾の耐震化」などに投資がなされていれば、多くの命を救い、被災者の生活を早期に安定させることができたはずです。この「回避できたはずの甚大な社会損失」**こそが、災害対策投資の真の価値なのです。
進まぬ復興と「レジリエンス」なき社会
地震発生から相当の時間が経過した現在も、被災地、特に奥能登地域では復旧・復興が遅れています。この停滞の背景には、**「レジリエンス(回復力)」**の不足があります。
復興を遅らせる要因
- インフラの脆弱性: 断水、停電、通信途絶の長期化は、生活基盤だけでなく、復旧作業を行う業者の活動をも妨げました。
- 物流・資材不足: 復旧に必要な資材や重機の輸送ルートが限られ、深刻なボトルネックが発生。これもまた、整備されていない災害ロジスティクス環境の欠陥です。
- 人口減少と高齢化: そもそも平時から人口流出が続き、経済基盤が弱い地域では、行政機能や地域コミュニティの回復力が低く、復興への道のりが極めて困難になります。
公共投資は、単に被災後の道路を元通りにする**「復旧」のためだけにあるのではありません。危機的な状況から社会が機能を維持し、迅速に立ち直るための「レジリエンス(回復力)」を高めるための「未来への投資」**であるべきです。
「命を担保にした議論」からの脱却
能登半島地震の教訓は、私たちに評価基準の転換を求めています。
非常時における「命と暮らし」への配慮は、平時の経済的な合理性や、利用率の低いインフラへの「無駄」という批判を、明確に超えた**「国家の責任」**として位置づけるべきです。
非常時対策への投資は、**「コスト」ではなく、社会全体が持続的に活動するための「保険料」であり、「国民の安全を守るための憲法上の責務」**の実践です。
私たちは、批判を恐れるあまり対策を怠り、実際に災害が起きて多くの犠牲者が出た後に、初めてその必要性を認めるという「命を担保にした議論」から、今こそ脱却しなければなりません。
災害大国日本が目指すべき公共事業の姿
能登半島の悲劇は、地方の過疎化が進む地域における防災インフラ整備の難しさを浮き彫りにしました。しかし、地理的なハンディキャップを持つ地域ほど、緊急時のバックアップ機能としてのロジスティクス環境やインフラの冗長性が不可欠です。
真に賢明な公共事業とは、**「平時は地域の利便性を高め、有事は命を守る」**という二つの機能を両立させるものです。この視点に立ち、非常時の非量的な価値を理解した上で、防災・減災への投資を「未来への責任ある投資」として進めることこそ、私たちが能登の犠牲から学ぶべき最大の教訓です。
